Open-Weight Frontier
中国発フラッグシップが、2.4兆パラメータに到達した
アリババが最上位オープン重みモデル「Qwen3.8-Max」を公開し、総パラメータ2.4兆という新たな規模記録を打ち立てた。同じ週、DeepSeekはモデル本体ではなくエージェント実行基盤を鋭くした。6月のKimi K3論争以来、兆パラメータ級が当たり前になった中国勢の競争は、規模だけでなく検証可能性と実行力の勝負に広がっている。
アリババが最大級オープン重みモデル
「Qwen3.8-Max」を公開
総パラメータ2.4兆、Apache 2.0ライセンスで即日公開。
アリババクラウドは8月3日、傘下のQwenチームが開発した最上位オープン重みモデル「Qwen3.8-Max」を公式ブログ「Introducing Qwen3.8-Max」で発表し、モデル重みをApache 2.0ライセンスの下でHugging Faceおよび自社のModelScopeに即日公開した。総パラメータ数は2.4兆とうたわれ、公開されているオープン重みモデルとしては現時点で最大規模になる。アーキテクチャはMixture-of-Experts(MoE)で、1トークンあたりの実際の活性化パラメータは約188億——総量のおよそ7.8%だけを動かす設計だ。コンテキスト長は25.6万トークンに拡張されている。
ベンチマーク面では、コーディング評価LiveCodeBenchのスコアが79.6%で、半年前の前世代「Qwen3-Max」の68.3%から11.3ポイント向上した。API価格は入力100万トークンあたり1.20ドル、出力は4.80ドルとAlibaba Cloud Model Studioの料金表に記載されている。Qwenチームのシニアリサーチリード、周文博氏はブログ内で「オープン重みで動かせる最大規模のモデルを、実運用可能な価格で出すことにこだわった」とコメントしている。
6月のKimi K3論争が、兆パラメータ級の
当たり前化を後押しした
自己申告ベンチマークへの不信が、検証可能性への圧力に変わった。
今回の発表を理解するうえで欠かせないのが、6月に起きた「Kimi K3論争」だ。Moonshot AIが6月に公開した総パラメータ1.2兆のオープン重みモデル「Kimi K3」は、ベンダー公表のLiveCodeBenchスコアが第三者の再現テストで9ポイント近く下振れしたことがArtificial Analysisの検証記事で指摘され、自己申告数値への不信が業界内で一気に広がった。この一件以降、中国勢の最上位モデル競争は「兆パラメータであること」自体が既定路線となり、各社は重みの即日公開や第三者検証可能な形式での発表に軸足を移しつつある。
Qwen3.8-Maxの発表がプレスリリース先行ではなく、公式ブログ・重み公開・ベンチマークレポートという構成を取ったのも、この文脈と無関係ではないだろう。
| Kimi K3(6月・Moonshot AI) | Qwen3.8-Max(8月・アリババ) |
|---|---|
| 総パラメータ 1.2兆 | 総パラメータ 2.4兆 |
| ベンダー公表スコアに再現性の疑義 | ベンチマークレポートと重みを同時公開 |
| ライセンス形態は限定的 | Apache 2.0で即日公開 |
数字で見る発表規模
同じ週、DeepSeek V4は
エージェント基盤を鋭くした
モデル本体ではなく、道具を使う精度で差をつける動き。
Qwen3.8-Maxと並んでウォッチすべきなのが、DeepSeekの動きだ。5月に総パラメータ1.8兆で公開された「DeepSeek V4」自体に大きな変更はないが、DeepSeekは8月4日、ツール呼び出しの信頼性を高めた新しいオーケストレーション層「DeepSeek Agent Runtime 2.0」をGitHubで公開し、エージェント型タスクの評価であるτ-benchのスコアを61.4%から74.2%へ引き上げた。モデル本体のパラメータ数を競うのではなく、既存モデルに「道具を正しく使わせる」実行基盤側で差別化する方向だ。DeepSeekでエージェント基盤を率いるプリンシパルエンジニア、李昊氏はリリースノートで「ツール呼び出しの失敗の大半は推論力の不足ではなく、実行順序と再試行ロジックの設計にある」と述べている。
兆パラメータは、もう驚きではなくなった。
次の競争軸は、検証可能性と実行力だ。
なぜ今、これが重要か
2024〜2025年の中国オープン重みモデル競争は、まず「性能でGPT・Claude系に追いつくか」が焦点だった。6月のKimi K3論争を境に、争点は「パラメータ規模」と「検証可能性」の両方に広がっている。Qwen3.8-Maxが総パラメータで新記録を作った一方、DeepSeekが同じタイミングでモデル本体ではなくエージェント実行基盤を強化したのは、単純な規模競争が一段落し、実運用での信頼性競争に軸足が移り始めている兆しとも読める。両社がほぼ同じ週に異なる方向で手を打ったこと自体が、業界の関心の広がりを示している。
誰に、どう効くか
自社でモデルを評価しているエンジニアにとっては、Qwen3.8-MaxとDeepSeek V4を同じ土俵で比較検討すべき段階に入った。前者は生のモデル性能とコンテキスト長、後者はツール呼び出しの成功率という異なる軸で優れており、用途がエージェント型のタスク中心ならDeepSeek側の実行基盤の改善を軽視すべきではない。PM・プロダクト責任者にとっては、モデル選定を「ベンチマークスコアの高さ」だけで決めるリスクが今回の一件でより明確になった——第三者検証やライセンス条件も含めた比較表を用意する価値がある。経営層にとっては直接の意思決定事項ではないものの、中国勢のオープン重みモデルが実運用レベルに達しつつあるという事実は、特定ベンダーへの依存を避けたい場合の選択肢として押さえておきたい。
次に何が起きるか・推奨アクション
短期的には、Qwen3.8-MaxのAPI提供が海外リージョンにも広がるか、そしてDeepSeek Agent Runtime 2.0が他のオープン重みモデルと組み合わせて使えるかが焦点になる。(1) 評価チームは、LiveCodeBenchやτ-benchなど自社タスクに近いベンチマークで両モデルを実際に動かし、ベンダー公表値との差を自分たちで確認するとよい。(2) エージェント型のワークフローを持つチームは、モデル本体の入れ替えよりも先にDeepSeek Agent Runtime 2.0のようなオーケストレーション層の改善を検討する価値がある。(3) Kimi K3論争を踏まえ、今後の中国勢の発表は「重みと検証手段を同時に出すか」を注視しておきたい。
反対視点・リスク・限界
2.4兆というパラメータ数は「総量」であり、実際に動くのはその7.8%程度にすぎない点は誇張されやすい。またLiveCodeBenchのような単一ベンチマークの改善が、実務での有用性を保証するわけではなく、Kimi K3の一件が示した通り、ベンダー公表値は必ず第三者検証と照らし合わせる必要がある。DeepSeek Agent Runtime 2.0のτ-bench改善についても、公開直後で独立した再現検証はまだ出そろっておらず、現時点では一次情報の域を出ない。さらにいずれのモデルも中国国内の規制・データガバナンス要件に紐づく制約があり、地域によっては利用条件を個別に確認する必要がある。