「社内のルールや資料を踏まえて答える AI」は、ふつうのチャットに毎回コピペで前提を貼るより速く・正確に・安全に運用できます。作り方は大きく2つ——OpenAI のカスタム GPTと Anthropic のClaude Projects。どちらも「指示文+参照資料」をひとつの作業場に固定し、その範囲だけで答えさせる仕組みです。本章では、初めての人が事故を起こさずに最初の1つを立ち上げるまでを、図とともに具体的に追います。
FIG.1 毎回貼り直す汎用チャットに対し、社内専用 AI は「指示文+資料」を作業場に固定する
01そもそも何が違うのか
ふつうのチャットは1回ごとに記憶が切れるため、「うちの就業規則では…」「この製品の仕様は…」を毎回説明し直す必要があります。社内専用 AI は、その前提を作業場(プロジェクト)の中にあらかじめ置いておくのが本質です。中身は次の3点セットに尽きます。
指示文
役割・口調・禁止事項・出力形式を文章で固定。「経費精算の社内ヘルプ。資料にない事は推測しない」など。
参照資料
規程・マニュアル・FAQ をファイルで登録。AI はこの中から該当箇所を探して答える。
利用範囲
誰が使えるか、どのデータに触れるか。共有先と権限を設計でコントロールする。
022つの作り方——カスタム GPT と Claude Projects
2026年時点で、コードを書かずに作れる代表的な手段は次の2つです。どちらも「指示文+資料を登録するだけ」で動き、考え方はほぼ共通します。違いは細部なので、すでに使っている方のツールから始めて構いません。
| カスタム GPT(OpenAI) | Claude Projects(Anthropic) |
|---|---|
| 指示文・知識ファイル・外部連携(Actions)を設定して作る | プロジェクトに指示文と知識ファイルを置いて作る |
| Business / Enterprise では組織内だけで共有する社内向け GPTとして配布できる(一般公開の GPT ストアとは別運用) | Team / Enterprise プランではプロジェクトを組織メンバーと共有できる |
| 管理者が利用できる GPT を承認制にできる | 資料が大きくなると自動で検索(RAG)方式に切り替わり大量資料に対応 |
共通する勘どころは「登録した資料の範囲で答えさせる」こと。学習し直す(ファインチューニング)必要はなく、資料を入れ替えれば中身を更新できます。料金体系・プラン名・登録できるファイルサイズなどは頻繁に変わるので、導入前に必ず各社の公式ページで最新を確認してください。
03裏側の仕組み——なぜ資料に基づいて答えられるのか
「資料を全部 AI に丸暗記させている」わけではありません。質問が来るたびに、登録資料の中から関連しそうな箇所だけを検索して抜き出し、それを根拠として AI に渡して答えさせています。これが検索拡張生成(RAG)と呼ばれる方式で、資料が大きいほど効いてきます。
FIG.2 質問 →(関連箇所を検索)→ 根拠を AI に渡す → 引用つきで答える
この仕組みのおかげで、AI が「それらしいウソ(ハルシネーション)」を作る余地が減ります。ただしゼロにはなりません。引用元の文書名・箇所を必ず示させ、最終判断は人が一次情報で確かめる——この運用がセットで初めて安全になります。
04つくる4ステップ
難しい設定はありません。次の順に進めれば、最初の社内 AI は半日〜数日で動かせます。
用途を1つに絞る
「全社の何でも相談係」は失敗します。まず質問が多くて答えが資料で確定する領域を1つ選ぶ(例:経費精算ヘルプ、IT 問い合わせ、就業規則 Q&A)。
参照資料を整える
古い版・矛盾した資料は事故のもと。最新の正本だけを登録する。PDF はスキャン画像だと文字が読めないことがあるので、テキストが取れる形式を優先。
指示文で“態度”を固定する
役割・出力形式・禁止事項を明記。最重要は「資料にないことは答えず、不明と返す」「根拠の引用を必ず付ける」の2つ。
狭い範囲で試して広げる
まず数人で使い、実際の質問ログを見て指示文と資料を直す。安定したら共有範囲を広げる。最初から全社公開しない。
05指示文の書き方——ここで品質が決まる
同じ資料でも、指示文しだいで使い物になるかが分かれます。AI は放っておくと資料の隙間を“それらしく”埋めてしまうため、埋めさせない指示を明文化します。下は社内ヘルプ用の方針部分の例です。
指示文の例(方針部分)
あなたは社内ナレッジに基づいて答えるアシスタントです。登録された資料に書かれている内容だけを根拠に回答してください。資料にない事柄は推測せず「資料では確認できません」と返し、必要なら確認すべき点を質問してください。回答には根拠の引用(文書名・該当箇所)を必ず添えてください。社外秘情報を要約・転記する際も、出力先の相手と共有範囲を前提に判断してください。
社内 AI の品質は、賢いモデルより「資料の渡し方と、答えない勇気の与え方」で決まる。
06よくある勘違い
- 「資料を入れたら全部覚える」——いいえ。質問ごとに関連箇所を検索して使うだけ。だから資料の構造(見出し・条項・更新日)が整っているほど当たりやすくなります。
- 「ファインチューニングしないと社内仕様にできない」——多くの社内用途は、資料登録(RAG)型で十分。学習し直すより速く・安く・更新も簡単です。
- 「無料プラン=低リスク、有料=高リスク」——リスクの所在はプランの値段ではなくデータの扱いと共有範囲。法人向けプランは入力が既定で学習に使われないなど扱いが異なるため、プランごとの規約を必ず確認します。
- 「公開 GPT ストアに置けば社内で使える」——社内利用は組織内だけで共有する設定が前提。一般公開と取り違えると情報が外に出ます。
Security & Governance
いちばん怖いのは「見えてはいけない資料が答えに出る」こと
社内 AI で現実的な事故は、ウソの回答よりも権限を超えた情報の露出です。経営層しか見られない資料を、全員が使えるプロジェクトに入れてしまえば、誰でも質問経由で中身を引き出せます。対策の軸は「誰が・どの資料に触れられるか」を設計の最初に決めること。
FIG.3 共有範囲と権限を通し、利用者が見てよい資料だけを根拠にする
法人向けプランでは、シングルサインオン(SSO)や利用者の自動連携(SCIM)、操作の監査ログ、管理者による利用 AI の承認といった統制機能が用意されています。最低限、機密資料は共有範囲を限定したプロジェクトにだけ置く・資料の更新フローを決める・誰が何を聞いたか記録するの3点は最初から組み込みましょう。
07運用——作って終わりにしない
社内 AI は「育てる」ものです。次の3つを回すと、使われるほど賢く・安全になります。
- 資料の鮮度管理:規程やマニュアルが改訂されたら登録資料も差し替える。古い版が残ると堂々と間違えます。
- 質問ログの活用:答えられなかった質問・誤答は、指示文と資料を直す最良の材料。月次で見直すと精度が上がります。
- 検証文化の維持:引用が付いていても、重要な判断は人が一次情報で確認する。AI は下調べを速くする道具であって、最終承認者ではありません。
08本章のまとめ
社内専用 AI は、特別な開発をしなくても「用途を絞る → 正しい資料を入れる → 答えない勇気を指示する → 狭く試して広げる」で立ち上がります。成否を分けるのは技術力より、資料の整え方・共有範囲の設計・検証を続ける運用。まずは質問の多い1業務を選び、引用つきで答えられる小さな1台から始めましょう。